物語の命題(大塚英志)
----- 「テーマから物語をつくる」という普通の方法 --------------------・「テーマ」が全面に出た物語というのはとてもうさんくさい
・「桃太郎」をはじめとするなじみ深い民話は、戦前、「国民童話」として選ばれ「テーマ」に従って創り直されたもの
・「コンセプト」は、ストーリーの中心となるアイデアやトピックを意味し、「ログライン」は一つまたは二つの文で「コンセプト」の要点を表現したものとする。「プレミス」と「テーマ」はストーリーの奥に込められたメッセージを意味する(「ストーリーアナリスト/ティ・エルカタン(著)」より)
・「テーマ」も「型」である
・スティス・トンプソンによると、説話のなかの最小の要素を「モチーフ」と呼び、これが単独で、もしくは組み合わさることで民話が成立する
・「物語の構造」は喩えると、y=f(x)という関数で、yが物語、xが具体的なキャラクターの属性や世界観。対してトンプソンはy=a+b+c、つまりyという民話はモチーフa、b、cの足し算だと考える
・本書では、「命題」を「ある条件下で一つの結論が含まれる一文」と定義
----- 人造人間に生まれて「アトムの命題」 ----------------------------
・「アトム大使/手塚治虫(著)」
・過去の偉大な作品から普遍的な「命題」を捜し出し、それを応用して新しい作品のプロットをつくってみる
・命題「武装しない主人公は交渉に成功する」
・「アトム大使」と「一寸法師」は「成長できない身体を持つ子供が親から嫌悪されて捨てられるが大人になることに成功する」という共通の命題を抜き出すことができる
・「オリュムポスの神々が、人格化された自然力なら、漫画映画の登場人物は人格化された機械である」(「漫画映画論/今村太平(著)」より)
・「ロボット」という単語は、カレル・チャペックの戯曲「R.U.R」ではじめて登場した(ただし、ロボットといってもスライムのような生き物に色々施した存在)
・ブラック・ジャックのピノコは、自意識は大人の女性でありながら、外見は作り物の子供の体で、成長することができない。手塚作品の「人造人間」たちは皆、成長を拒まれる
・アトムの命題「人造人間は人造人間でありながら成長を望み、しかし、人造人間であるが故に成長できないという問題により深刻に直面する」
----- ギムナジウムの転校生「エーリクの命題」 ------------------------
・「トーマの心臓/萩原望都(著)」
・極論だが、物語の最後に「少年は少しだけ大人になった」と強引にナレーションを入れてしまえば物語が強制終了される
・エーリクの命題「転校生は外の世界からやってきて内側の世界の問題を顕わにし、そして解決し、内側の世界を再生させ自らも成長する」
・「内側の価値」を体現するもの、「外側の価値」を体現するものが必要
・「トリックスター」とは侵入された側から見れば秩序の破壊者だが、最終的には彼のもたらした混乱が世界を更新する。ゆえに「創造者」でもある
・人間は皆、自分サイドを「内」とみなし「外」を否定するという思考がある
・「トーマの心臓」の中で採用された「少年愛」の部分のみが拡大されポルノグラフィー化したのがBL
----- 水蛭子の語られなかった運命「百鬼丸の命題」 --------------------
・「どろろ/手塚治虫(著)」
・「捨て子」は、物語を強制的に起動させるキーの一つ
・八十年代末期、よく現在の若者は「虚構と現実の区別がつけられない」と批判されたが、むしろこの二十年で困難になったのは「象徴」と「現実」、「象徴」と「物語」の区別ではないか(トトロやドラえもんの都市伝説を例に挙げ)
・「ファミリーロマンス」はフロイトが提唱した概念で、子供が家族に理想的な空想を持つこと(自分は拾われた子供で本当は高貴な生まれである、など)
・百鬼丸の命題「捨てられて水辺に流れ着いた不完全な子供は、やがて出生の秘密を求めて旅立つ」
・「百鬼丸の命題」は、物語作者たらんとする者が最初につくる物語に相応しいのかもしれない
----- 私は急いで大人になる「ジェニーの命題」 ------------------------
・「ジェニーの肖像/ロバート・ネイサン(著)」
・今であればweb上で「パクリ」騒ぎとなりかねないような過程を経ることで一つのジャンルが成熟していく
・「昨日はもうこない、だが明日もまた/石森章太郎(著)」※龍神沼に収録
・「トムは真夜中の庭で/フィリパ・ピアス(著)」
・「毛糸弦/大島弓子(著)」※綿の国星に収録
・「グレンスミスの日記/萩原望都(著)」※ポーの一族に収録
・「8月に生まれる子供/大島弓子(著)」※大島弓子セレクションに収録
・「ほしのこえ/新海誠(監督)」
・ジェニーの命題「進行する速度の異なる時間を生きる者同士の恋愛は困難」
・ジェニーの命題は「傑作」が生まれやすい命題かもしれない
----- 君のためなら”女の子”になってもいいよ「フロルの命題」 --------
・ハリウッドのストーリーは、ほぼ全て個人のアイデンティティの確立か回復
・「11人いる!/萩原望都(著)」
・「フロルの命題」男女いずれの性も選択できる主人公は、自分にとっても大切な人にとっても自分が自分であるために性を自己決定する
----- いつかトトロにさよならを「アリエッティの命題」 ----------------
・「借りぐらしのアリエッティ/米林宏昌(監督)」
・赤頭巾ちゃんには元々二つのバージョンがある。おばあちゃんのところにいく途中で狼に出会い「ピンの道を行くか針の道を行くか」と尋ねられ、ピンの道を選ぶ方が有名な狼に食われて猟師に助けられる話になる。針の道を選ぶ方は赤頭巾が自分の力で危機を乗り越える話になる
・今の日本の人々は、若い世代になればなるほど自分の「居場所」捜しに懸命な印象がある。「自分捜し」ではなく「自分の居場所捜し」
・D・W・ウィニコットによると「人間は誰も内的現実と外的現実を関連させる重荷から解放されることはない」
・「アリエッティの命題」成長を選択した主人公は「ライナスの毛布」や「空想の友達」(移行対象)に別れを告げなくてはいけない(※移行対象とは親から独立するためのクッションになる道具(ぬいぐるみなど)、成長すると移行対象は必要なくなる)
----- あとがき ------------------------------------------------------
・オリジナルの物語をつくろうと奮闘するうちの幾人かは、次第に同じ物語を繰り返し繰り返し書くようになる
・「同じ物語」の中で堂々巡りを始めると、創り手として一皮剥ける
・様々なワークショップをやってきたが、この「テーマから作る」ものは「傑作率」が高い
・偉大な作家たちも「同じ物語の堂々巡り」を先人からまず何か「借りる」ことで始めたように思う
※本文章は「物語の命題/大塚英志(著)」を引用または要約して記述したものです