荒木飛呂彦の漫画術(荒木飛呂彦)

----- はじめに ---------------------------------------------
 ・ここに書かれていることを読んで本当に漫画家になるのは数人かもしれないし、もしかしたら、たったひとりいるかどうか。それでも、そのたったひとりのために、この本を書きたい
 ・漫画を描きたいのならば、漫画の王道を知り、その「黄金の道」を歩むという意識を持ってほしい。漫画の王道は、時代を超えて愛され、受け継がれていく名作に行き着く
 ・「違う」というのはあくまで「道」を知っているからこそわかること。その意味で、この本が、漫画を描きたいと思う人たちにとって、ひとつの「地図」になればいいと思う
 ・「映画術/山田宏一(訳)」(「映画の教科書」と呼べる書物、漫画家を目指す人もぜひ読むべき、今でも時々読み返している)
 ・漫画家を目指す人にとって一番まずいのは、「何を描いていいかわからない」ということ。漫画を描く目的は何か、それをけっして見失わないように
 ・これまで独占してきたアイディアや方法論といった企業秘密を公にするのですから、僕にとっては、正直、不利益な本なのですが、それを補って余りあるほどの伝えたい思いがある

----- 導入の描き方 -----------------------------------------
 ・編集者は、大量の持ち込み原稿を見ている。1ページ目だけで、「これは、こういう漫画だ」という見極めができる。それは読者も同じで、表紙を見て「いいや」と思ったら、もうその漫画を読んではくれない
 ・漫画を生かすも殺すも、最初の1ページ次第
 ・どうすれば売れるのかを模索するためにはヒット作の研究が必要だが、単純に真似をしてはいけない。あくまで、研究した上で、「では自分はどうするか」を常に探求する
 ・最初の1ページの絵としてどんなものが魅力的か、たとえば「きれい/変わっている/不気味/線がきれい/明るい(軽やか)/エロい/光が感じられる/カッコイイ/逆に下手(シンプル)/見たことがない/写真のよう(リアル)/笑える/動線が多くない/女性しか登場しない/子どもしか登場しない/石しか登場しない」など
 ・タイトルも同じ。売れている漫画、映画や小説のタイトルをリストアップし、その中で、それだけでページをめくりたくなるのはどのようなタイトルか、そして、自分ならどんなタイトルをつけるのか、アイディアを練る
 ・個人的に好きなのは、主人公の名前が入っているタイトル
 ・セリフについても同様。実際に様々な漫画の1ページ目から抜き出してみて、なぜそのセリフが「もっと読んでみよう」と思わせるのか考える
 ・最初に描く絵、タイトル、セリフのいずれも、どうすれば編集者、そして読者の心を惹きつけて、ページをめくってもらえるのか、自分の分析から導かれた選択肢を綿密に考えぬいた上で決定し、描かねばならない
 ・1コマ目の基本中の基本は「5W1H(いつどこで、誰が何をしているか)」(ただし、「他の漫画とはちょっと変わった感じで、おもしろそうだぞ」と興味を誘う工夫が必要)
 ・複数のねらいを同時に描く(ひとつの絵、ひとつのセリフだけで、主人公のキャラクターや置かれている状況を伝える)
 ・最初の1ページで、その漫画がどんな内容なのかという予告を、必ず描く(戦争についての漫画だったら「兵士と家族の感動」なのか「反戦」なのか「戦場のバトル」なのか)
 ・他人が描いていない分野に踏み込む
 ・「武装ポーカー」(「この作品に何か意見を言ってくる編集者は逆におかしい」というぐらいのグレードに仕上げた、当時の自分のベスト)
 ・デビューして数年間で500ページぐらいのネーム(原稿の前段階となるラフスケッチ)がボツになった

----- 押さえておきたい漫画の「基本四大構造」 ---------------
 ・常に頭に入れておくべき、基本四大構造。重要な順に「キャラクター」「ストーリー」「世界観」「テーマ」
 ・それぞれ独立して存在するのではなく、互いに深く影響し合っている。これらの要素を増強し、統括しているのが「絵」という最強のツール、さらにセリフという「言葉」でそれを補う図式。この構造は、いわば、ひとつの世界の営み、宇宙とも言える
 ・漫画は最強の「総合芸術」(「基本四大構造」プラス「絵」プラス「言葉」をすべて同時に表現する)
 ・この四大構造のバランスを意識しながら描く
 ・「キャラクター」と「世界観」、そのどちらかだけでも漫画を成立させることはできる(たとえば「サザエさん」「こちら葛飾区亀有公園前派出所」「AKIRA」「コブラ」「蟲師」
 ・基本四大構造のうちの一つを中心に描くことは可能、しかしそういう作品には何かしらの限界がある。その限界を克服するためには他の要素が必要
 ・世の中でヒットしている作品はもちろん、それほどいいと思わないのに、なぜ世間の評価が高いのか、と疑問に感じる作品に対しても、この「基本四大構造」の図式をあてはめてチェックするといい
 ・分析の習慣がつけば、どうすれば多くの人に受け入れられる作品を描けるようになるか、次第にわかってくる

----- キャラクターの作り方 ---------------------------------
 ・「基本四大構造」の中でも、強力なキャラクターは、これさえ揃っていればもう無敵という、「究極の一本立て」です(極端な話、魅力的なキャラクターがあればストーリーも世界観も必要ない。それぐらい超重要事項)
 ・一番大事なのは「動機」。曖昧だと、読者は主人公に感情移入できない
 ・どういう目的を持ってストーリーの中にいるのか、ということを、最初の1ページか2ページ目ぐらいで読者に伝える
 ・少年誌の場合、動機が正義や友情といった、読者の自然な倫理観に照らして好ましいものでなければならない(ただ「正しいこと」だけを描いていると、偽善者的で嫌らしくなることもある、主人公の弱点や欠点、あるいは人間的な欲望も加味していく)
 ・動機がきちんとしていても、主人公が「卑怯」な場合は嫌われる
 ・困難な状況に陥った理由が「主人公が間抜けだから」というのでは、読者に「こいつ、馬鹿じゃないの」と反感をかう
 ・読者の共感や興味を引く「動機リスト」を作っておくことを薦める
 ・読者が最も共感するのは、動機達成のため何かに立ち向かっていく「勇気」
 ・読者の共感を得るためには、自然な倫理観に則る必要がある(「お金が欲しい」という動機は、単なる泥棒ではなく、誰かを助けるために必要だから、というように工夫していく必要がある)
 ・人間の内側の醜い欲望を、悪のキャラクターが存分に発揮してくれれば、読者はカタルシスを得る(ただ、醜い欲望を描いて共感を得るためのハードルは非常に高い)
 ・基本的には、主人公は正義(自分なりの正義でOK)を愛し、友情に厚く、勇気にあふれている、という善のキャラクターであるべき(読者は圧倒的に全なる主人公に味方し、共感する)
 ・主人公に対する敵役は、それに対するアンチ、という考え方でキャラクターを作ると、善と悪のコントラストが鮮明になる
 ・ただ、善悪の区別は、読者の視点次第というところもある
 ・主人公は「善なるもの」であり、さらに「ヒーロー」である必要がある。ヒーローの条件が何かと言えば、実は、孤独である、ということ
 ・社会のルールから認められていなくてもかまわない、たとえ孤独であっても大切なものを追い求める、これが最も美しい姿ではないか
 ・仲間がいても、戦うときは自分だけが頼り。そうでなければ、ヒーローの資格などない
 ・今は、男でも女でもヒーローになれる時代(区別があるとすれば、ビジュアルだけ)
 ・女性である必然性なしに「華やかな感じになって人気が出るかな」というような考えで女性を出すのはどうかと思う。恋やときめきを描く場合でも、その漫画の世界観次第では、女性ではなく男性同士でもかまわない。そのキャラクターが魅力的であれば、男だけの世界でも大丈夫。何も恐れることはない
 ・キャラクターを作るときは、絵にする前に、必ず身上調査書を書くことにしている(「ジョジョ」の連載が始まる前から40年以上続けている)
 ・身上調査書の項目は60近くの項目があり、内容も多岐にわたる。普通の履歴書が下敷きになっているが、キャラクター作りに必要と思われる項目をどんどん足していった
 ・身上調査書の項目を埋めていく過程でストーリーが生まれることもある
 ・編集者に「この人物は、いったいどういう人なの?」と質問されるのは、そのキャラクターがきちんと描けていないということ
 ・ペットが犬かトカゲか、そのペットをどう扱うのか、ということ次第でも、キャラクターの性格や人生観はまったく違ってくる
 ・自分にないものや知らないことは、普段から周囲の人を観察したり、医学や心理学の本も読む。何か思いついたり、アンテナに引っかかるような話を聞いたらメモしておいて、後で調べるような、地道な作業も欠かせない
 ・身上調査書の項目を埋めていきながら、外見、髪型、ファッションなどをそのキャラクターの性格と一体化させて作り込み、最終的にはシルエットだけを見れば誰だかわかるように描いていく
 ・身上調査書は途中で変えたり、キャラクターごとボツにしたりもする
 ・身上調査書作りは、ひとつの訓練。練習として「自分/友人/知り合い/家族/憧れのヒーロー」などを対象に作成してみる
 ・身上調査書は、長所ばかりでなく短所も考える(強さや憧れる部分と同時にその人物の弱さを描くことで、「立体感」が出てくる
 ・二、三人ぐらいまでは簡単に作れるが、四人目以降が難しい。日常で見たり読んだりするものを今まで以上に深く観察したり、記憶したりする作業が必要になってくる。血液型や動物占いなど、様々な占いも非常に参考になる
 ・主人公のキャラクターが、しっかり固定されていないと、脇役もぐらつくので、先にきちんと作っておく
 ・主人公をひとり決めたら、他のキャラクターはそれと被らないようにする、というのが基本(とにかく主人公とは違うもので項目を埋めていく)
 ・脇役を作るときに大事なのは、主人公との相性、そして、主人公と対照的な人物にする
 ・主人公が読者に嫌われてはいけないが、脇役であれば嫌なやつでも問題ない。案外、人気が出るのは、そういう脇役キャラクターだったりもする(脇役が輝きすぎて主人公の影が薄くならないように注意)
 ・脇役の基本的な動かし方としては、欠点にあたる部分を克服していく
 ・「名前」は、つけた人のセンスや価値観が表れ、それだけでキャラクターができたりもするので、かなりの注意が必要
 ・キャラクターは連載に不可欠、連載は漫画家として生活していくために必須

----- ストーリーの作り方 -----------------------------------
 ・主人公のキャラクターがストーリーを決定する、その逆はNG
 ・ストーリーがなくても漫画は成り立つし、ストーリーが中心の漫画は王道とは言えない。それでも、漫画にストーリーは必要
 ・キャラクターは時代性を反映するので、時が経てば時代遅れになる(一連のエピソードからなるストーリーによってリニューアルしていく)
 ・時代を超える名作漫画は、キャラクターとストーリーが融合している
 ・ストーリー作りの最初の基本は「起承転結」
   起.主人公を読者に紹介する(主人公はなるべく早く登場させる)
   承.主人公が敵もしくは困難に出会うなど
   転.主人公が困難に立ち向かうが、さらなる問題が起こって窮地に立つ
   結.勝利などのハッピーエンド
 ・「起承転結」があれば「起承転転転転結」や「結起承転」などバリエーションを無限に生み出せる
 ・常に「起承転結」から考える、それがストーリー作りの鉄則
 ・「起承転結」は、頭で考えるというよりは体で覚える、普段の生活でそういう思考を自分の中に染み込ませて自然に発想できるようにする
 ・「プラスとマイナスの法則」主人公の気持ちや置かれている状況が上がっているか、下がっているかを考える
 ・キャラクターは必ず成長するように描く
 ・ページをめくる度、主人公は次々にパワーアップした困難に見舞われるが、最後は必ず勝つ
 ・長編、短編を問わず、ストーリー作りにおいて、「起承転結」と「主人公は常にプラス」は二大鉄則
 ・常にマイナスもアリ、人間の暗黒面に迫るテーマになる
 ・「トーナメント制」は、どんどんプラスが積み上がっていく状態を作れる手堅いストーリーだが「頂点に行ったらどうするか」という問題がある
 ・ストーリーをマイナスに持っていきたい誘惑にかられるが、それはご法度、王道に対してのルール違反(スタート時がマイナスなのはOK)
 ・壁にぶつかる(一度上がってマイナスになる)パターンもやってはいけない(最終的にただのプラスマイナスゼロなので観ていて感動できない)
 ・下がって上がるパターンもダメ、やはりマイナスプラスゼロ(最後は主人公が勝つと決まっているのでつまらない)
 ・ストーリーのタブー
   1.作者が語る(読者が漫画の世界に浸れない)
   2.偶然の一致(伏線なしに偶然問題が解決する、作者の苦し紛れ)
   3.主人公が間抜け(ギャグやパロディでないなら、安っぽくなる)
   4.夢オチ(読者への裏切り)
 ・エンタメで現実を追求しない
 ・読者が読みたいのはサクセスストーリーであって、主人公が困難に立ち向かいながら、どんどん「上がって」いくところ
 ・ハッピーエンドは黄金の基本
 ・「主人公が勝つ」という着地点があるとして、どうやって勝つか、ということは決めずに、まず、「どういうキャラクターがいるか」ということを考え、「そのキャラクターを困難状況に放り込む」。その段階から描き始める。
 ・キャラクターと困難な状況のアイディア、このふたつがあれば、ストーリーをつくっていくことができる
 ・実生活で、明日の予定がないとしても、人はそれなりに動いていくのと同じで、漫画の中でも、そこに描かれた状況があれば、キャラクターは自然と動くべくして動く
 ・キャラクターと設定がきちんとできていれば「後はよろしくね」という感じ
 ・「起承転結」の「結」の直前で、読者が「一体どうするんだ」とドキドキするような困難を用意する
 ・「自分が主人公ならどうするか?」と考えながら一緒に戦う
 ・ストーリーはキャラクターが動くことによって作られるが、重要なのは「説明しようとしてはいけない」。キャラクターの行動や自然な会話、仕種、彼が居る場所の風景などで、自然とにじみ出させるべき
 ・「説明しようとしない」ということのお手本が、「殺し屋/ヘミングウェイ(著)」(※「ヘミングウェイ全短編1」に収録)
 ・セリフを書くときの基本的な態度は、自然体
 ・このキャラクターならこういう状況でどんなセリフが出てくれば自然か、ということだけで、セリフをどう書こうか、ということは考えずにどんどん描いていき、後で読み返してみて、わかりやすいかどうかチェックする
 ・自分の人生に関わっているような考え方を、普段しゃべっているような、わかりやすい言葉で伝えていく
 ・自分の漫画はセリフまわしが独特だと言われるが、日常的に自分が考えたりしゃべったりしていることを基本にして作っているだけ
 ・実際の自分とかけ離れたキャラクターの場合は、リサーチが必要
 ・美しい、正しい日本語を使うことも大事だが、漫画家が求めるべきものはそこではなく、世界やキャラクターを表すためには新しい言葉を作ることをも辞さないという姿勢
 ・サスペンスの手法を、自分は好んで使う。「ひとつの謎を追っていく」というのがサスペンスの定義になるが、謎を追うことによって、人間の本能の中にある不安や好奇心、恐怖を表すことができる
 ・サスペンスはどのようなジャンルにも使える、人の本能に訴えるエンターテイメントの基本

----- 絵が全てを表現する -----------------------------------
 ・「絵」は、「キャラクター」「世界観」「ストーリー」「テーマ」の「四大基本構造」をすべて包み込み、統括する
 ・「絵」は「神様」のもの
 ・漫画を漫画として成り立たせているのは絵
 ・漫画家にとって絵は、いわば「必殺技」
 ・漫画の絵は必ずしも上手である必要はない
 ・「下手でも売れる」「上手なのに売れない」は何が違うのか、秘密は、作者が誰かすぐわかる、ということ
 ・売れている漫画の絵は、5メートル10メートル離れて見ても、誰の作品かすぐわかる
 ・絵の描き方には、大きく分けて「リアル化」「シンボル化」がある
 ・リアル化は、リアリティを追求する描き方。シンボル化は、ひと目見てそれが何かわかるように描くやり方
 ・漫画の絵においては、リアルとシンボルを両立させる必要がある
 ・リアルとシンボルの両立をまさに体現しているのが、鳥山明先生(似顔絵が顕著)
 ・相反するリアル化とシンボル化をどう両立するのか。大事な部分はリアルでも他のところはそうでなくてもいい、ということ
 ・すべてにリアリティを追求していったら、読者はいったいどこを見ていいのかわからなくなる
 ・リアルとシンボル、優先されるのはシンボルだが、無意識にシンボル化したものがたまたま売れ、それに安住していたら、時代が変わったとき、「この絵、古いな」と見向きもされなくなる
 ・時代と共に絵を発展させていくためには、思い込みを積極的に打ち破っていかなければならない。そのためには、絵の基本を押さえることが絶対に必要
 ・「絵」というのは、流行はあっても「こう描かなければいけない」とか「何が基本でどんな絵が読者にウケる」とか、そういうものはない。つまるところ作者が描きたいものを描けばいい。しかしながら、静物画や人物画の基本はマスターしておくのがお薦め
 ・基本を勉強していないと、技術や表現力が発展しない
 ・シンボル化の極致(ドラえもんドラゴンボール、ミッキーマウス)も、やはり基本がしっかりしている
 ・人物画の基本は、誰もが美しいと思う「美の黄金比」(大勢の読者が美しいと思うスタンダードな比率
 ・顔の黄金比を覚え、体(関節が動くロボット)の黄金比を覚える(人体の解剖図や骨格図、裸体、衣服を着た状態、の順にデッサンする
 ・体を描くときに重要なのは2つ「正中線(人体のまん中の線)」「肘はウエストの位置」
 ・キャリアを積んでいくと、美意識が固まってしまって絵が古くなる、時々、美の客観的な見方を学び直し、美意識を修正していくといい
 ・憧れの漫画家の絵は模写以上を目指せ
 ・機械の類も同じで、だいたいの仕組みや構造を理解することが必要
 ・「火=風を描く」「水=重力を描く」「空気=視点に向かって動く線で表現する」「光=影を描く」「岩=影を描く。線ではなく、墨の部分を見せる」
 ・岩を表現するには、重さが重要なポイントになる。また、アフリカの砂漠にある岩とアメリカ西部の岩は違うので、岩石の図鑑などを見て、その違いを描けるようにする
 ・道具は、ペンよりも紙が大事
 ・漫画を描き始めてからしばらく経つと、「最近、なんか全然ダメだな」という時期が必ず来る。それでも、とにかく描き続ければ突破できる。そもそも、描いていなければ、悩むということすら起きない
 ・なぜポージングが魅力的なのか、ポーズは人に記憶されるものだから
 ・ポージングを描くときに気をつけねばならないのは、人体骨格の構造と動きを正しく把握すること。ただねじっていればいいわけではなく、腰を出すときに足がどうなるか、膝がどの位置にきて、肩がどんな動きをするか、すべてがつながって流れがある。そこを理解しなければポージングは描けない
 ・絵の本質的な役割は、見えないものを可視化して伝えること
 ・音楽も目に見えないが、それを可視化しているのが音符で、見た目が美しい楽譜はやはりいい音楽だと聞いた
 ・見えないものを可視化した、忘れられない漫画は「童夢/大友克洋(著)」
 ・波紋とスタンドは超能力の可視化
 ・描き手がどんな気持ちでその絵を描いたかということが絶対に読者に伝わる、描くときにどういう気持ちでいるかは非常に大切
 ・締め切りまで時間がなくて追い込まれているのだとしても、なるべく丁寧に描くというのは基本中の基本
 ・プロである以上、手抜きの絵を描いてはいけないし、その手抜きをごまかそうとするなど言語道断
 ・一枚絵には永遠の一瞬が封じ込められている
 ・読者が何度も読み返したり、好きなカットをずっと見ていたりする、そういう漫画の楽しみ方は、見る対象が流れていくアニメや映画といったジャンルよりも、むしろ絵画や彫刻、陶芸に近いと言えるのではないか
 ・CGで描くのは様々なメリットがある、選択肢としてあって当然
 ・自分が全行程をアナログで描く理由は、アナログはデジタルにできるが、デジタルはアナログに戻れない。そうであれば、アナログの方が上ではないか、と思うから
 ・漫画を描き上げたとき、美術館で絵を見る感動と同じ気持ちを味わいたい
 ・やり直しができない緊張感、今この瞬間に賭けるライブ感が、手書きの絵にはある(よほどのことがなければ、一度出来上がった絵を直すことはしない)
 ・絵が自分を超えていくというか、そういう偶然の贈り物みたいな絵が描けるときは、漫画の神様が降りてきてくれているのかもしれない。そんな風に自分を超えていく感じが、絵を描く楽しさではないかと思う

----- 漫画の「世界観」とは何か -----------------------------
 ・世界観の描き方は、その漫画が読者に受け入れられるかに直結している
 ・読者側の動機の順序は「その漫画家が描く世界にひたりたい」「あのキャラクターに出会いたい」「あのストーリー、おもしろいな」
 ・「世界観」とは要するにリアリティ
 ・読者は、現実にはあり得ない世界や、未知の世界を体験したいと思う。一方、自分がよく知っている日常の世界にも興味を持っている
 ・適当に描いていたら読者は必ず見破る(ストーリーやキャラクターの都合で、世界観を修正してはいけない)
 ・ムードで勝負できるのは天才だけ
 ・世界観を表現するには、何気ない風景ひとつ描くにも、細かいところまでリサーチが必要
 ・世界観を作るときに調べるものの例
   1.組織を描くとき・・・その組織の「トップ」は誰で、どんな人物か/組織の目的は何か/資金源や収入源/どんな特許を持っているか/ルーツや創始者について/何人くらい部下がいるのか/社則はどんなものか/流通はどうなっているのか/どんな部署があるか/裏社会はどうなっているか、どんな不正行為があるか
   2.歴史を描くとき・・・どんな社会か/王様は誰か/宗教は何か/ファッション/建築物/インテリア/食べ物/通貨/地形/他の事件
   3.地理を描くとき・・・地形、ガイドブック/東西南北の位置関係/どんな道路が走っているか/どんな鉄道が走っているか/空港から何分ぐらいの距離か/産業は何か/港の有無/ホテルやレストランにはどんなものがあるか/その他、旅行に行く準備のような情報
   4.スポーツを描くとき・・・ルール/歴史/選手、審判のユニフォーム/選手、審判は何人いるか/スタッフは誰から給料をもらっているのか
   5.寿司職人を描くとき・・・朝の仕入れ、支度、掃除はどんな風にするのか/店じまいの後片付けはどんな風にするのか/寿司を握るときの手の動きや力の入れ方/食中毒にならないための工夫/季節ごとのネタ
   6.ラブストーリーを描くとき・・・恋人の仕事は何か/恋人の収入はいくらくらいか/恋人のファッション/恋人の態度やマナー/デートスポット
   7.SFを描くとき・・・インフラはどうなっているか/統治している政治家は誰か/ファッション/植物はどんなものがあるか/そこに住む動物に雌雄の別はあるか、誰から生まれたか/ロボットの動きや質感
 ・きちんと描くのであれば、できるだけ自分自身で体験することを薦める
 ・ネットでなんでも見られると多くの人が思っているかもしれないが、自分の目で見ないとわからないこともたくさんある
 ・漫画家生活が軌道に乗ってくると、連載を続けるということに膨大な時間と体力が必要になる。締め切りを過ぎ心身共に疲弊している状態を続けては、取材はおろか、アイディアを寝るために様々な映画を観たり本を読んだりする時間もなく、漫画家としてすぐに枯渇してしまう。最も基本的なことだが、締切を守ること、そのために一定のリズムで漫画を描き続けることは何よりも大切
 ・どれほど多くを調べ、実際に体験したとしても、世界観の説明が中心になってはいけない
 ・最初にダラダラと「こういう世界観がありますよ」と説明してはいけない
 ・世界観は、キャラクターの行動やセリフに盛り込んで描くもの
 ・きちんと整合性があり、ストーリーとの関連性を持たせることができるように描いていけば、くどくど描かなくても、世界観はきちんと伝わる
 ・「世界観を描くことが目的の作品」の課題は、描ききったとき、作者が「満足」してしまうこと。もし、一度完結した世界観を発展させていこうとするならば、新しいキャラクターが克服してくれる
 ・王道漫画を描くためには、世界観だけでなく「基本四大構造」すべてが密接にからみ合う必要がある

----- すべての要素は「テーマ」につながる -------------------
 ・「キャラクター」「世界観」「ストーリー」を統括し、なおかつ、つなぐものが「テーマ」
 ・「テーマ」はストレートに表現されるものではなく、言ってみれば、「影のリーダー」的な存在
 ・「テーマ」は、作者の物の考え方であり、自分がどう生きるべきか、ということ。それを作品の根元に据えて、ぐらつかないように心がける
 ・「俺はこれを描くんだ」という「テーマ」をきちんと心に決める
 ・「テーマ」がぐらつくということは、自分の生き方がわからないということ
 ・もし本当にどうしようもない場合は、一度その「テーマ」を終わらせて、リセットする
 ・「テーマ」には作者の哲学が出る
 ・世間に合わせて「テーマ」を設定するのは絶対やってはいけない
 ・ヒットしそうな要素を集めてヒットしたとしても、もって3年。それぐらい経つと、頭脳で考えることに疲れや限界が出てくる。そして作者には元々「ヒットさせる」ことにしか情熱がないのだから、もう満足して情熱は消え、描くものもなくなる
 ・自分が興味を持っていて、自分の心の深いところや人生に関わるものであれば、それが仮に暗いテーマで売れそうにないと思えたとしても、やはりそれを描こうと決意すべき
 ・自分が「これだ」と思うテーマならどんな「テーマ」であっても、作者自身の心を打つ「キャラクター」や「ストーリー」にのせていけば、絶対におもしろい作品となって、読者に受け入れられるはず
 ・「漫画家になりたい」という人は、自分がよいと思うものを信じ、漫画の王道に向かって、ひたすらに歩んでいってほしい

----- 実践編その1 漫画ができるまで -----------------------
 ・アイディアノート→スケッチブック(打ち合わせノート)→シナリオ→ネーム→原稿
 ・アイディアは作者の人生や生活、考え方に関わるところから生まれる
 ・いつも自分の周りで見聞きしたことで「おもしろいな」と思ったことをメモしておき、アイディアノートにまとめる習慣を続けている
 ・「おもしろい」と思ってメモする内容3種
   1.自分がよいと思ったこと(具体的にどこがよかったのか、なぜそう思ったのか)
   2.自分とは違う意見や疑問に思う出来事、理解できない人(自分には無い視点や、自分から興味をもてないことを学ぶ)
   3.怖い出来事や笑える出来事、トラウマになりそうな出来事(なぜそう感じたのか)
 ・アイディアが尽きるのは、自分の興味が尽きることが原因
 ・周囲の出来事に素直に反応できるアンテナを持ち続ける
 ・「自分が興味があるのはこれだ」と限定して、そこから外れたものを無視するという”自惚れ”は絶対にNG
 ・アイディアを元に編集者と打ち合わせする、この中で打ち合わせノートを書き上げて行く。この打ち合わせでよいアイディアが出ていないと、グダグダと話が煮詰まり、次のステップに進めないことになる
 ・編集者との打ち合わせでゴーサインが出たら、自分の場合はシナリオを作る
 ・シナリオは、レポート用紙に、連載1ページ分ずつ区切ってセリフを書いていく(原稿の面積は決まっている、その配分を定めるのがシナリオの役割)
 ・シナリオを作る段階で、どこに重点を置くかという計画を立てる(コマ割りの絵のイメージもほぼ出来上がる)
 ・コマ割りは、とくにこれといった理論やルールはない。漫画を読んで訓練して実践することを繰り返す。その漫画の中で自分が伝えたい気持ちを素直に伝えるよう心がける
 ・1ページのコマ割りにリズムがあり、全体のコマ割りにもリズムがある
 ・同じようなコマ割りが続くのは、読者が飽きるので、メリハリをつける
 ・ネームの描き方は感覚的で人により千差万別
 ・ネームの描き方に日本の漫画と欧米の漫画の決定的な違いあると思う。欧米のネームでは「いい構図の絵」が重要視され、キャラクターが何をしたか、ということをひたすら描く。日本のネームは、キャラクターの心の動きや表情を細かく描いて行く
 ・ネームを編集者に見せ、OKをもらったら、原稿を描く
 ・視点は動かさない。映画のカメラのような視点があると考えて、それを固定してあまり移動させないのが自分のやり方
 ・「いい作品が描けた!」というようなときでも、すぐにその感覚を忘れるようにしている。満足したら次のアイディアがでなくなると思う。褒められて伸びるのは子どもだけで、むしろミスや失敗から次の作品へのヒントをもらう

----- 実践編その2 短編の描き方 ---------------------------
 ・「富豪村/荒木飛呂彦(著)」(※「岸部露伴は動かない」に収録)
 ・新人漫画家の作品を審査する評価基準は「導入部、読者の心をつかんで、作品に入っていけるか」「状況をどういう風に描くか」「キャラクターをきちんと描こうとしているか」
 ・ストーリーを作るための根幹となるアイディアはひとつあれば十分で、いくつもアイディアを入れ込む必要はない。特に短編は、アイディアがいくつもあったら、ストーリーが混乱する
 ・漫画を描くというのは孤独な作業で、描いている間、自分が正しい方向に向かっているのかどうかはわからない。だから、どんなものであっても、編集者の意見を漫画家は大切にした方がいい。もし言われたことに納得できないときは、言葉の裏に秘められている真実は何か考えなければならない
 ・セリフで読者に情報を伝えると同時にキャラクターを表現する、ということが非常に重要(キャラクターとストーリーが融合されて動く)
 ・ストーリーのきっかけとなる決めカットをどんなに早く描きたくても、そこから描き始めてはいけない。なぜなら、読者にはまずキャラクターに興味を持ってもらう必要があるから
 ・重要なのはキャラクターであってストーリーではない(絶対に忘れてはならない鉄則)
 ・「敵が出てくる」のは、少年漫画の定石
 ・短編の場合は、キャラクターは主人公と敵、それから味方の、せいぜい3人ぐらい、そしてそれぞれをきちんと描くのが基本
 ・「少年ジャンプ」の漫画には、バトルだけではなく、たとえば友情のような読者がグッとくるものが必要
 ・主人公の勝利がどんなに難しくても、誰かが突然助けに来たり、いきなり超能力が目覚めたり、急に敵が負けを認めたりする展開は絶対にいけない。もし、どうしても勝てないということであれば他に頼らずいさぎよく、負けて終わる方がまだまし
 ・長編を描くときも基本は全く同じ。長編は、短編でやることの積み重ね、あるいは繰り返し、と考えるとよい
 ・いきなり長編を描く前に、何作か短編を練習して、短編をきちんと描けるようになってから長編にとりかかる、というのが筋道としてよいのではないか

----- おわりに ---------------------------------------------
 ・漫画は、描く人の心から湧き上がる情熱が描かせるもので、何が正しい、などと証明できるものではない
 ・普遍的な「描き方」が存在する、というのは勝手な思いあがりであり、自戒すべきこと
 ・漫画には、時々「すべての物事がしっくりいく」ということが起きる。物理学の理論が示す宇宙の法則みたいな完璧さをも感じさせる。この状態へと続く道を、「黄金の道」と呼びたい
 ・「漫画の描き方」の「黄金の道」はずっと昔から存在していた。この本は、読者が少しでもその道に近づけるように、という思いで書いた
 ・今日までに発展を遂げた文化や芸術から学ぶ中で、実に「しっくり」きている、と感じたことを「漫画術」として書いた
 ・「黄金の道」とは、「漫画の描き方」のマニュアルではない。今いるところから、先へ行くための道
 ・変なことを言うようだが、この「漫画術」に書いてある通りに漫画を描いてはいけない。そこに発展はない
 ・この「漫画術」を土台にして、さらなる新しい漫画や、パワーアップした漫画、あるいはまったく違っていたり、とてつもなく正反対の、この本を無視した漫画でもいい。そういったものを生み出して欲しい

 ※本文章は「荒木飛呂彦の漫画術/荒木飛呂彦(著)」を引用または要約して記述したものです
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